信州朝日村の道祖神

朝日村の道祖神の概要と説明

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道祖神とは(朝日村の道祖神)
昔から道祖神は、むらを守ってくれる神様、そしてむら人ひとりひとりの願いを聞いてくれる神様、特に子供を大事にしてくれる神様、そして作神様として建てられたようである。
呼び名は、昔は「どうろくじん」と言われることが一般的であった。三ヶ組の小和田には道録神と刻まれた宝暦13年(1763)建立の碑がある。他にも道陸神、道六神などと刻まれたものもあるようである。子供はまた「どうそんじん」ともいった。また「さえの神」「さい(塞)の神」ともいい、むらへ悪霊や疫病を入れないようにしてくれる神様とされた。また、「せいの神」とも呼ばれたが、これは「さい」のなまったものであろうか。
朝日村に抱肩握手像が最も多いが、近年の作には祝言像も多い。道祖神は、生産の神、性の神、豊作の神として信仰されてきたが、これらの像はそれを象るといわれる。
また、厄払いの神とされ古い雛を道祖神にあげたり、三九郎の時厄年の人が厄落しのものを投げ込むなどの行事も行われていた。いずれにしても子供の好きな神様とされてきたが、信仰も時代とともに推移してきたようである。
朝日村で最も古く道祖神が建てられたのは天正年間だとされているが、風化のため現存していない。
道祖神の建てられた場所は、昔はむらの出入口であったが、現在は当時の場所から移転されたり、他の立石とまとめられたりして最初の趣とだいぶ変わってきています。


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古見地区の道祖神

道祖神の名前/所在地/総高(cm) 道祖神の名前/所在地/総高(cm)

(1)下古見の抱肩握手像/下古見村尻/70

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(3)芦之久保の抱肩握手像/神明山麓/109

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(2)中古見の抱肩握手像/通称不動前/80

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(4.5)上古見の抱肩握手像/古川寺道入口/116・120

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入三地区の道祖神

道祖神の名前/所在地/総高(cm) 道祖神の名前/所在地/総高(cm)

(6)御道開渡の抱肩握手像/御道開渡入口/84.5

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(8)大石原の祝言跪座像/大石原入口/88.5

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(7)御馬越の抱肩握手像/御馬越入口/81

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(9)大石原の抱肩握手像/大石原入口/57.5

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針尾地区の道祖神

道祖神の名前/所在地/総高(cm) 道祖神の名前/所在地/総高(cm)

(10)北村上村の抱肩握手像/針尾北村/80

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(15)針尾大日堂前の抱肩握手像/上針尾大日堂前/80

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(11)北村横道の抱肩握手像/針尾横道/80

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(16)針尾日向の文字碑/針尾日向/62

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(12)中村の抱肩握手像/針尾中村/118

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(17)熱田神社前の抱肩握手像/熱田神社前/115

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(13)中村の合掌像/針尾中村/40

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(18)熱田神社前の未完成像/熱田神社前/100

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(14)中村の祝言座像/針尾中村/49

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小野沢地区の道祖神

道祖神の名前/所在地/総高(cm) 道祖神の名前/所在地/総高(cm)

(19)本郷の抱肩握手像/本郷中部辻/69

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(21)新田の文字碑/小野沢不動尊地/34

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(20)新田の文字碑/小野沢新田不動尊地/148

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西洗馬地区の道祖神

道祖神の名前/所在地/総高(cm) 道祖神の名前/所在地/総高(cm)

(22)上組氏神の抱肩握手像/西洗馬上組氏神中央崖下/89

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(27)中組の抱肩握手像/西洗馬中組横道道端/72

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(23)上組大日の抱肩握手像/西洗馬上組北方道端/68

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(28)中組の祝言跪座像/西洗馬中組天王/97

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(24)三ヶ組入村の抱肩握手像/西洗馬三ヶ組中央道道端/74

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(29)中組の握手像/西洗馬中組天王/48

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(25)三ヶ組荒井の抱肩握手像/西洗馬三ヶ組北境道端/66

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(30)下洗馬の祝言跪座像/西洗馬下洗馬元北境辻/102

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(26)三ヶ組小和田の文字碑/西洗馬三ヶ組山麓道端/45

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(31)原新田の抱肩握手像/西洗馬原新田中央辻/110

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道祖神ぬすみの話

むかしこの地方に「道祖神ぬすみ」という習俗があった。これを「御縁想」とか「嫁入り」ともいい、興味ある課題のひとつである。
朝日村は石材の産地で、村内に立派な道祖神がたくさんあったためだとか、豊かな良い村だったので、それにあやかるために朝日村の道祖神をぬすんだといわれ、現在近村で朝日村から来たと伝えられている道祖神が数体ある。
この習俗は銘文や伝承によってしるほかなく、記録にとどめられた例は極めて少ないが幸い本村の古見芦之久保の道祖神には、銘文と盗まれた当時の様子が古記録に残っており、珍しく貴重なケースである。 

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道祖神の裏面の銘文は次のように書かれている。
正徳五乙未年十月卯日建立
寛政七卯八月六日夜
小坂村山口御縁想
同歳十一月十三日再建立
天保十三壬寅年二月七日夜
本洗馬村上町御縁想
天保十四(1843)葵卯年四月十五日
古見村蘆野窪講中

これによると正徳5年(1715)建立のものは、寛政7年(1795)8月6日夜に小坂村山口(現山形村)へ盗まれ、その年の秋再建のものは天保13年(1842)2月7日夜に本洗馬村上町(現塩尻市洗馬)へ盗まれ、現在残っているのは、天保14年建立のものということになる。芦之久保の旧庄屋上條家に伝わる「永代日記書留帳」の記録には、寛政7年の小坂村山口へ盗まれたときの様子が書かれている。
「卯八月六日夜、芦野久保道祖神、小坂村山口と申す処へ盗み取られ申し候。祝儀の為、酒三升ばかり石之跡に置き申し候。

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七月十九日酒を調え道祖神を祭り神明山に隠し置き候へ共、道祖神御縁付きなど申し、山口村へ八日に三ツ目として行器一、酒二樽、肴、扇子箱、袴持参にて悦びに参り申し候。都合二十二人参り、吸物、酒、めん類など出て、馳走これ有りその上祝儀金帯代として二朱取り申し候。
美濃国よりやはり、平一統盗み合いこれ有り、大さわぎなり。金二・三両位い遣り申す村あり。」(後略)
道祖神ぬすみの習俗は、当時の婚姻と深い関係があることを示し、婚礼と全く同じことを行っていることはおもしろい。
「三ツ目」というのは、嫁入りの3日後に嫁の実家へ新夫婦そろって里帰りする風習で、松本地方でまだ行われている慣習である。芦之久保の人たちが山口村へ押しかけて、盛大に飲み食いし、帯代2朱を取ったのである。行器(ほかい)とは、松本地方で「七ツ鉢」ともいい、飲食物を入れたり神仏に供物を供える、三つ足のついた容器のことである。
西洗馬三ヶ組荒井の道祖神には、裏面に「帯代五両」弘化二巳(1845)三月日荒井中と刻まれている。この「帯代」は実際の帯代より高い金額が刻まれているらしい。おそらく道祖神ぬすみの予防として考え出されてもので、時代がさがるにつれて形式化していったようである。「世間殊之外物入等有之大さわぎ也」と書かれた事情が察しられる。

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このページに関するお問い合わせ

朝日村 教育委員会
〒390-1104 長野県東筑摩郡朝日村大字古見1286
電話:0263-99-2004/FAX:0263-99-3563

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